だいすうにっき

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日々の雑記

数奇

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私は占いをしない。
私は運命を信じない。
そうすることに決めた。

何か不運なことに出逢った時に「何か意味があるのだ」「これも必要だったのだ」と解釈するのは、単なる合理化と同じだと考えている。
その時には不運に思えたことが、後になって実は好機だったということもある。
何事も、最後までやってみないと分からないことが多い。

繰り返し繰り返し、不運なことが続くのを脳は恐れている。
だから、自己都合で合理化したり、意味を持たせようとする。
そうして、未来に備えようとする。
未来をよりよく推測するために。

こう考えるようになったきっかけは、武道だった。
社会人になって、テコンドーを始めて5年目になる。
運動が苦手なのに、ひょんなきっかけで、格闘技を始めるなんて人生って何が起こるか不思議。
コツコツ練習に通って黒帯の一歩手前の赤帯にまで昇級した一昨年だった。
去年からあまり道場には通えていない。
家でも自主練していない。
それは、心が折れてしまったのがあった。
黒帯の一歩手前までくると、組手で怪我をしかけたり、高度な技も練習しないといけなくなる。
そして、私より後に始めた人たちに、どんどん抜かされて、彼ら彼女らは黒帯を簡単に取っていく。
ここに来て「もう無理かも」「ここまで頑張ったし」という考えが大きくなってきた。
そうして、稽古に行くモチベーションがどんどん下がっていった。

心が折れると、もうその時点で負けてしまう。
運動神経悪いし、とか、時間ないし、とか、言い訳は無限に浮かんでくる。
道場へ向かう足がどんどん遠のいて行く。

そういう自分を見つめながら、本当にそれでいいの?って問いかけてみた。
運命を信じるなら、これが必然だと受け入れて止まっていた。
そうではなかった。
言い訳だけ並べて、練習してなかった。それだけ。
稽古に行かなかった。自主練しなかった。それだけ。
色付けせずに事実を事実をしてやっと見れた瞬間だった。

何事もやれば、やった分までできる。
何事もやらなければ、やらなかった分までできない。
この法則は必然で、運命なわけで。

やるかやらないかは、自分が決める、選んで決められる。
結果がどうなるかは、自分次第。自分が決めて選んでやるだけ。

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ここで突然の BTS なんだけど。
Jimin さんのモットー「できなくなるまでやってみよう」というワードがとても響いた最近。
彼らのパフォーマンスを見てて、努力って素敵だなと感じるしかなかった。
じっとしてられなくなった。
こうやって勇気づけられるのを感じると、彼らは本当にアイドルなんだなと思う。

とりあえず、今週から道場行って、練習再開しよう。


追記。昔、似たようなこと書いていた。

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